「おねがいこわがらないで。私はあなたに言いたいことがあるだけ。
何もしないから」その女の子はそう言った。
ある一つのことをのぞけば、ぼくのクラスの女の子とそうかわりはない。
「きっとそうやってあらわれたんだから、よほど何かわけがあるんだろうね」
ぼくは話せるようになった。
「そうなの。ゆう気がいったんだから。さいきんピアノの音が聞こえないから
心配になって、それであなたと話す決心をしたの」
ぼくは女の子がいがいなことを言い出すのでちょっとおどろいた。
「きみはぼくのピアノをきいてたの?」
「ええそうよ。私の心のささえだったんだから。
毎日あなたがピアノをひくのを楽しみにしていたのよ」
ぼくはふくざつな気持になった。
ぼくのピアノを楽しみにしてくれている人がいたなんて。
「ちょっといろいろあってね。だけどもう二度とピアノをひかないというわけじゃ
ないから」ぼくがそう言うと女の子はちょっと安心したようだ。
「また、ひいてくれるのね。いつ?今度はいつひいてくれるの?」
ぼくはためらった。家族の手前、当分ひくつもりはないし。
「今日みたいな日ならひけるよ。とうさん、かあさんがいない時。
そうだな1週間に1度か2度くらいかな」
女の子は少しがっかりしたようだった。
「ねえ、ぼくの方からしつ問していい?」
「ええ」
「きみはどうしてそんなにぼくのピアノをききたがってるの?」
「私を見て何か気づかない?」
気づかないわけがない。さいしょに見たしゅんかんから。


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