とっておきの旅のはなし

| ぼくのしゅみは旅をすること。 今までいろいろなところを旅したよ。 今日はその中でも、とっておきの話をしよう。 それは今から1年ほど前 ある島に行った時の話。 ぼくはヨットで、ある島を目ざしていた。 予定では丸二日かかってその島に到着するはずだった。 しかし、方角を少しまちがったんだろう。 二日以上たってもヨットからは 島らしいものはどこにも見えなかった。 あの時はさすがに少しあせったな。 仕方ないからそのままヨットでさらに こっちだろうと思う方角に進んでいった。 五日がすぎた。 少し多めに持ってきた食料も残り少なくなってきた。 魚でも釣って食いつなぐか・・・ そう思い始めたころ ようやく遠くにぼんやり島らしきものが見えてきた。 あれは目ざしていた島じゃないな。 そう思った。 地図を出して調べてみたが すでに方向をまちがえているのでよくわからない。 海の上にもあきてきていたぼくは とにかくその島を目ざすことにした。 ようやくその島にたどりつくと さっそくてい察することにした。 人はいるんだろうか? 浜から雑木林に入り どんどん島の中へ向かって歩いた。 雑木林を抜けると 道があったのでそこを歩いていった。 しばらく行くと木の小屋があり 横をとおりかかったとき 窓から中をのぞいてみたが 誰もいないようだった。 そのまますすんでいくと 少しずつ建物がふえてきた。 人の姿が見えた。 おじいさんだ。 あそこにも、今度はおばあさんが二人。 その時、男の子が近くの建物から飛び出してきた。 ぼくを見て一しゅんおどろいたようだったが すぐ、親しげに話しかけてきた。 でも何を言ってるのかわからない。 ぼくが首をかしげると 男の子は笑いながら走っていった。 今のは何語だろうか? 聞いたことがなかった。 しばらく歩いていくと広場に出た。 人がたくさんいるじゃないか! 広場の向こうは市場のようだ。 果物や野菜や魚がならべられているのが見える。 なかなか楽しそうな所だ。 ぼくはとりあえず近くにある木のベンチにこしかけて、 様子をうかがうことにした。 人々は話をしたり買い物をしたり のんびりすごしているように見える。 しばらくすると、先ほどの男の子が 白いひげをのばしたおじいさんの手をひいて ぼくのほうにやってきた。 「こんにちは」と言ってから あっ、この人たちにはわからないんだったと思い出した。 するとおじいさんはにっと笑い 「こんにちは。旅の人か?」と言った。 ぼくはおどろいた。 「そうです。あなたは私と同じ言葉を話せるんですか?」 「ああ、私は43の言語を話せるんだよ」 「43?すごいですねえ・・・ それじゃあちょっと聞きたいんですが この島に宿はありますか?」 「ひとつだけあるが今は閉まっている。 私のところに泊まればいい」 「えっ、いいんですか?」 「狭いけどね」 というわけでぼくはそのおじいさんのうちに 泊めてもらうことにした。 ヨットに荷物を取りに行かなければならないのと、 ちょっと見物もしたかったので おじいさんと夕方またこの広場で会うことにした。 そう言えば、おなかが減った。 荷物を取りに行く前に、 ぼくは市場で何か食べものを買うことにした。 果物を売っている店の前にいくと 甘くいい香りがした。 何かいただこうかと思い、さいふからお金を出した。 待てよ、このお金が使えるはずないか? ぼくは小銭を何枚かだして、店の男の人に見せた。 男の人は首をかしげ、奇妙な顔をしている。 あたりまえか・・・。 その時、一人の女の人がぼくの横にやってきた。 そして店にならべてあるオレンジのようなくだものが 3つはいったかごををゆびさした。 そしてカスタネットのようなものをとりだすと リズムをとっておどりはじめた。 ぼくはあっけにとられしばらくながめていた。 この島のおどりだろうか? 女の人がおどり終わると店の男の人が拍手をし、 オレンジのようなくだものがはいったかごを 女の人にわたした。 女の人はお礼を言っているようだった。 ふと、となりの魚屋を見ると 店の前で年老いた女の人が ウクレレのような楽器をひいている。 演奏が終わると、店の女の人が魚がはいったかごを 年老いた女の人にわたした。 もしかして、何か芸をすれば物が買える? ぼくはかばんからハーモニカをとりだすと バナナのはいったかごをゆびさした。 店の男の人は今度はわらってうなずいた。 ぼくがハーモニカをふきだすと、 旅人がめずらしいのか、人が数人集まってきて ぼくの演奏をきいていた。 曲が終わるとみんな声をあげ、拍手をしてくれた。 店の男の人がバナナの入ったかごに オレンジのようなくだものをひとついれて わたしてくれた。 やっぱり!思ったとおりだ。 でも、ほんとにもらっていいのかなと思ったよ。 おまけまでつけてもらってね。 「ありがとう」 言葉はわからないだろうから ぼくはうんといい笑顔を見せた。 お店の人も笑いながら何か言った。 ぼくはそれからパンを売ってる店で さっきとちがう曲をえんそうした。 演奏が終わると店の女の人が何か親しげに話しかけ パンをわたしてくれた。 ぼくは広場のベンチでくだものとパンを食べながら なんておもしろい島なんだろうと 半分夢をみているような気分だった。 ベンチからは、人々が店の前でたいこをたたいたり、 歌ったりおどったり、手品のようなことをしたり しているのが見える。 この島の人はみんな芸達者なんだなあって ほんと感心するばかりだった。 夕方、約束どおり昼間のおじいさんが広場にやってきた。 おじいさんといっしょに広場を抜け、 同じような平屋の木の家がならんでいる小道を 歩いていった。 おじいさんの家に着くと、おばあさんが夕飯の用意をしていた。 魚を焼くにおいや何かのこおばしいにおいがする。 おばあさんはぼくを見ると、にこりとした。 歓迎してくれているようだ。 丸い木のテーブルでいっしょに夕飯をいただきながら ぼくはどうしても知りたいことをたずねた。 「あの、この島にはお金がないんですか?」 「ないね」おじいさんはきっぱりと言った。 「やっぱり・・・不便じゃないですか?」 「別に。ずっと昔はお金のようなものがあったんだが、 いつももめごとの原因だったよ。 お金が無くてもこの島じゃうまくいってるよ」 「おじいさんは何をして物を買うんですか?」 おじいさんはかべをゆびさした。そこには絵がかかっていた。 「絵と物を交換してるんだよ。 絵が間に合わない時はダンスをする。 こう見えても、けっこう踊れるからね。ははは・・・」 「絵とダンスと同じ値打ちなんですか?」 「そりゃあちがうさ。芸の質が高ければ、 それだけ値打ちも上がる。 わしの場合、ダンスより絵の方がうまいから、 絵の方がいい物と交換できる」 「ふうん。そうなのか」 ぼくは芸の値打ちをはかるのはむずかしいだろうなと思ったけど この島の人たちにとって、それはごく自然に行われていて、 特にむずかしいことではないということだった。 おばあさんは布を織るのが上手らしい。 それでその布とほしい物とを交換すると教えてくれた。 次の日、ぼくはまた買い物に挑戦した。 今度はハーモニカではなく歌を歌ってみた。 メロディーがめずらしいのか ぼくの歌声がよかったのか いっしょうけんめい歌ったのがよかったのか (多分その可能性が高い!) また人が集まった。 そしておどろいたのは、歌の中で何度かでてくる メロディーをまねして何人かの子どもたちが いっしょに歌いだしたことだ。 この島で最初に出会った男の子もいた。 歌い終わってぼくがおじぎをすると みんなは拍手をし、子どもたちははしゃいだ。 ぼくはこんな歌で喜んでくれるこの島の人々の 心の広さに感激したよ。 そしてぼくはおじいさんとおばあさんへのおみやげに 魚を買うことができた。 その次の日はおじいさんといっしょに買い物に行った。 おじいさんはハガキぐらいの小さな紙にかいた絵を持っていっ た。 小鳥が花のみつを吸っている絵は、生き生きとして、 おじいさんの愛情が感じられるようだった。 おじいさんはその絵で、なんと、いすを買った! ぼくはまたハーモニカをふいて野菜を買った。 夕飯のおかずにしてもらうために。 ぼくの芸ではせいぜい食料しか買えないような気がした。 その日、夕飯をいただきながらぼくはまたたずねた。 「あの、たとえばせっかく芸をしてもらっても お店の人が好きじゃないものだったりすることってないんですか?」 「まあ、そういうこともあるけれど おたがいさま、肝心なのは心がこもっているかどうかだよ。 それに、みんな楽しむのが好きだから こまかいことは気にしないね」 「もう一つ気になるんだけど 何もできない人っていないのかなあ?」 「誰でも一つくらい、得意なことや好きなことはあるよ。 上手くなれば、いいものと交換できるから やりがいもあるしな」 全く別の世界。 ぼくが住んでいるところとはまるで違う。 お金などなくてもみんな楽しそうにやっている。 「あしたは島の祭があるんだよ」 夕飯のあとおじいさんが言った。 ぼくはとても興味をそそられた。 普段から楽しいことが好きな人たちのお祭だ。 ぜひ連れていってくださいとたのんだ。 次の日は朝からいい天気だった。 祭は夕方からだ。 おじいさんとおばあさんは午後になると 祭のための服に着替えたり、準備ををしだした。 ぼくも手持ちの服で一番はでな黄色のTシャツを着た。 「今日はみんなのとっておきの芸がみられるぞ。 わしもひさしぶりに踊ろうかな。ははは・・・」 おじいさんははりきっている。 おばあさんはきれいな水色の服に着がえていた。 言葉が通じればすぐにでも「きれいな服ですね」 とほめられるのに。 そう思っていると、おばさんはうれしそうに何か言った。 おばあさんが織った布で作ったのだと おじいさんが通訳してくれた。 ぼくたち3人が広場に行くと たくさんの人が集まっていた。 民族衣装のようなものを着ている人、 仮装している人、 みんな思い思いの格好をしているようだ。 舞台では順番に人が上がり それぞれの得意わざをひろうしている。 自分で作ったかわった楽器で演奏する人、 おしばいをする子どもたち、 新しい料理を考えたと言ってみんなの前で作り始める人。 ぼくはおじいさんが言っていた 「誰でも一つくらい、得意なことや好きなことはある」という 言葉を思い出した。 そのとき、この島で最初に出会ったあの少年が やってきておじいさんに何か言った。 「君に何かやって欲しいと言ってるよ」 そうおじいさんが通訳した。 「えっ・・・」 まだ何とも答えないうちに 少年がぼくの手を引っぱって舞台へつれていった。 ぼくは観念するといつもポケットに入れているハーモニカを とりだした。 (今のところぼくができる芸はこれしかないので) 少し緊張したが、なんとか心をおちつかせ、ふきはじめた。 みんなはさわぐのをやめ、ぼくのふくメロディーにじっと ききいった。 ぼくなりにていねいにふいた。 曲が終わると、みんな口々に何か言い拍手をしてくれた。 「なかなかいい演奏だったよ。みんなほめてたよ」 おじいさんがそう言った。 そのあとおばあさんが舞台にあがり 小さなハープのような楽器をひきだした。 おばあさんはやわらかい、やさしい音を奏でた。 ぼくはその音をききながら きっとおばあさんの人がらが音にあらわれているんだと思った。 しばらくするとおじいさんも舞台に上がりダンスをはじめた。 ぼくとしてはおばあさんの演奏だけの方がいい気がしたが おじいさんは曲に合わせ 気持よさそうにゆっくりと踊っていた。 みんなの芸を見て、食べたり、飲んだり、 楽しい時間がどんどんすぎた。 どれくらい時間がたっただろうか、と思っていると 急に祭のにぎやかさが止み、静かになった。 祭が終わったのだろうか? すると、どこからか鈴の音が聞こえてきた。 まわりを見ると女の人が鈴をふっている。 一人、二人、島の女の人がみんな手に鈴を持ってふっている。 そして今度はたいまつの火が消され、暗くなった。 暗く、静かになった祭の会場に鈴の音だけが響いている。 何がはじまったのか ぼくがたずねる前におじいさんが言った。 「この祭は月に感謝する祭なんだよ。 祭のしめくくりはこうやってみんなあかりをけして 静かに月のひかりをあおぐのだよ。 月は美しい、最高の芸術品だ。そう思わないか?」 ぼくはみんなといっしょに空を見上げた。 芸を愛する人たちがうやまう月が やわらかい光をはなっていた。 まるで、人々に何かを与えるように! この世のものとは思えない、神秘的な時間がゆっくりと流れた。 ぼくは生きていることの幸せを実感した。 祭の日から2日後、ぼくはいよいよ帰ることにした。 おじいさん、おばあさん、人なつこいあの少年と子どもたちが 見送りにきてくれた。 「ありがとう、とても楽しい島だったよ。 今度くる時は、もっといろいろ芸を身につけてくるから」 「ああ、楽しみに待っるよ」 おじいさんは笑いながらそう言った。 ぼくはヨットにのりこんだ。 ヨットが島を離れると 子どもたちが何か叫びながら、手をふりはじめた。 ふと寂しい気持がこみ上げてきた。 そしてぼくも手をふった。 お金のない島。 だけど、みんな楽しそうに暮らしている。 不思議な島だったよ。 もちろん、また行くつもりさ。 そのために今 ギターをとっくん中なんだ。 |