夢が本当になる薬
| 三太は学校から帰ると近くの神社の市に出かけた。月に一度行われる市で、三太はいつも鳥居の近くに出される屋台のたこ焼を食べに行くのだった。 たこ焼を食べながら三太はぶらぶら歩いた。金魚すくいをしている子どもたち、古道具を熱心に見ている外国人、着物を広げて見ている女の人、いつもと同じような光景が目に入る。小さな子が二人きゃっきゃっとふざけている方に目をやると、大きな木がありその向こうに屋台がぽつっとひとつあるのが見えた。あれっ、なんの屋台やろ? 三太はなんとなく興味をひかれ、そっちに歩いていった。屋台まで行くとなにか、ほかの屋台とは違う雰囲気だ。なにが違うって、台の上にはガラスの容器と、その横に『夢が本当になる薬 一コ百円』と書かかれた木の札が置かれているだけだ。一見寂しい屋台だが三太はもうれつに興味をそそられ、木の札とガラスの容器の中の白い飴のような丸い玉を交互に見た。しばらくそうやって見た後、屋台の後ろに座っているおばあさんがこちらを見ているのに気づいた。 「夢が本当になるって、どういうこと?」三太はすごく知りたくてきいた。おばあさんはにこっと笑い、 「この薬を一つ飲んで、いい夢を見ればいいことがある、悪い夢を見れば悪いことがある」と言った。 三太は真剣に考えた。どうしよう。いい夢だったらいいけど・・・でも、悪い夢ってほとんど見たことないし・・・大丈夫なはず・・・よし。 「これ、ください」 「いくつ」おばあさんは三太の顔をじっと見て言った。三太は少し迷ってから 「三つ」と言った。 おばあさんはガラスの容器から白い玉を三つ取り出すと茶色の紙袋に入れ三太に渡した。三太は三百円払うと家へ帰った。 「ただいま」 「おかえり、たこ焼食べた?」おかあさんがきいた。 「うん」三太はそれ以上何も言わず、自分の部屋へ行った。部屋で紙袋を開けると、白い玉を一つ取り出した。少し不安もあったけど、どうなるか知りたいという気持ちには勝てない。とうとう口に入れた。甘い。飴みたい。実はただの飴ちゃうやろか。そういえば、あのおばあさんちょっと怪しかったな。薬を食べている気はしなかった。 夜、三太はふとんに入ると、また少し不安になった。いい夢が見られますように。そう祈った。 三太の夢―学校の休み時間。友達二人とふざけている。そこへ隣のクラスの鈴子(三太がひそかに思いをよせている子)がやってきた。三太たちがふざけているのを見て笑っている。三太はうれしくなって余計にはしゃぐ。鈴子が「ねえ、おもしろい顔して」と言う。三太は懸命におもしろい顔をしてみせる。鈴子は笑っているが、もっと笑わせようとがんばる。 目が覚めた時、三太の顔はゆがんでいた。そして思った。「いい夢やったんかな?」 その日、少し期待しながら過ごした。いい夢だったはずだからいいことがあるはず。鈴子ちゃん、来ないかな。でも鈴子は三太のクラスに来なかったし、他に良さそうなこともおこらなかった。三太は少しがっかりした。やっぱりあまりいい夢じゃなかったのかな。 学校から帰ると、三太はお母さんに頼まれ牛乳を買いに出かけた。店で牛乳を買い、外に出ると店の前の道を鈴子が歩いていた。三太はどきっとした。 「あっ、美川くん」鈴子が言った。 「ああ」三太は喜びを押さえて言った。薬が効いた!心の中で叫んだ。鈴子ちゃんが声をかけてくれるなんて今までなかったのだから。鈴子とは家の方角が同じなのでしばらくいっしょに歩いた。 「何買ったん?」鈴子がきいた。 「牛乳」 そのあとはしばらく沈黙が続いた。三太は鈴子におもしろい話をしようとあせった。その時、犬の鳴き声が聞こえた。三太はぎくっとした。三太は大の犬嫌いである。小さい頃犬にじゃれつかれたことが恐怖体験になっている。はっと後ろを振り向くと、すごいスピードで大きな犬がこちらに向ってきている。鈴子も振り向いた。うしろから飼い主も走って声をかけているが、犬は止まらない。「逃げよ!」三太と鈴子は走り出した。三太は鈴子を気にしながら走った。自分ひとりならもっと早く走れるけれど、そんなことできない。走りながら振り返ると犬は急に方向を変え、角を曲がっていった。 「もう大丈夫や」三太は鈴子に教えた。 「ああ、怖かった」鈴子は言った。二人は息を切らしながらしばらくぼう然とした。気がつくと、そこは鈴子の家のすぐそばだった。結局おもしろい話をするチャンスもなく、鈴子と別れ、三太は家に帰っていった。なんか物足りないけど、今日はいいことだけあったことにしておこう、三太はそう思った。 その日の晩、三太は少し迷ったあと、二つ目の薬を食べた。 三太の夢―教室で、友達としゃべっている。鈴子が教室に入ってくる。やった、三太はうれしがる。その時、教室に大きな犬が入ってくる。きゃあ、と悲鳴がおこり、みんな教室から出て行く。気がつくと三太ひとりになっている。なぜか教室から出られず、ずっと逃げ回っている。 朝起きると、三太は汗をかいていた。最悪。昨日のできごとのせいだ。だからこれはぼくが見るはずだった夢とは違うはず。三太はそう思おうとした。 それでもその日はなんとなく、不安があった。いい夢を見たとは言えないから。 「なんか悩んでんの?」友達にそうからかわれて三太ははっとした。いつもより考え事してるせいや。気にしんとこ。そう自分に言い聞かせた。学校からの帰り道、友達と別れ一人になると、不安になった。まさかまた犬がいたりしないだろうか、きょろきょろした。工事現場の横では何か落ちてこないか上を見た。少し離れた所の車の急ブレーキの音に驚いた。家に帰るとほっとした。 夜、部屋で薬のことを考えているうちに、時間がたちそろそろ寝る時間になった。ああ、別に悪いことはなかったな、助かった。そう思ったとたん、すごいことを思い出した。宿題してへん!顔が熱くなった。三太は几帳面な性格である。宿題をしていないことに大きなショックを受けた。あわててノートを取り出すと宿題を始めた。今日に限ってたくさんある。あせりながら取り組んでいるうちにどんどん時間が過ぎていく。眠い。まだまだ終わらない。時間が・・・ああ、今日は犬じゃないけど時間に追われてるんや。追われる夢は当たった。薬は効いたんや!三太はあせりながらも、薬の効き目をかみしめていた。 宿題が終わったのは夜中の三時。三太は眠さと疲れでどかっとふとんに倒れこんだ。枕元には薬の入った紙袋が置いてある。あと一つ。飲もうかどうしようか、そう思っているうちに三太は眠りに落ちていった。 三太の夢―神社の市。三太が『夢が本当になる薬』を売っている屋台を見に行く。屋台まで行くと、おばあさんが笑って座っている。 「また、買いに来たん?」とおばあさんは言う。三太が「ううん、今日はいらん」と言うとおばあさんは笑いながら「この薬、効くやろ」と言う。三太は「うん」と答えた。 「買っていってよ」とおばあさんは言う。 「いいって」三太はそういうと屋台を離れた。離れてすぐ、知らぬ間にまわりの屋台がなくなり、そこは山の中になっていた。三太は不安になり振り向いた。おばあさんがガラスの容器を持ってついてきている。三太は怖くなり走り出した。おばあさんも走っているだろうか。振り向くのが怖い。山の中は草や木がいっぱいで走りにくい。三太は手で草をよけたり、木の根っこを飛び越えたり、ひたすら逃げた。 目が覚めた時、三太は、ああ助かった、夢でよかったと思ったが、少しずつ不安がこみあげてきた。悪い夢を見てしまった。今日はきっと悪いことがある。ふとんから出るのがいやだった。しばらくぼーっとして、そして枕元にある紙袋を見た。もしかして・・・三太は急いで袋を開けた。中に白い丸い玉がひとつあった。昨日は飲まへんかったんや。助かった。三太は心底ほっとした。そしてすぐ紙袋を丸めるとゴミ箱に放り投げた。そうしてしまうと急に気が晴れ晴れして、ふとんから勢いよく起き上がると着替えはじめた。 |